岐阜県図書館・世界分布図センター
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下田歌子は、代々学者の平尾家に生まれ、明治5年(1872)19歳で宮内省に出仕しました。皇后陛下より、詩歌献上によって文才が認められ、歌子の名を賜(たまわ)りました。その後、実践女子・女子工芸学校を創設し、大衆婦人の教育から上流女子教育まで幅広い教育活動を行い、明治・大正時代を代表する女子教育の名をほしいままにしました。置県120年を記念した郷土の先人顕彰(けんしょう)事業で、優れた業績を残した「郷土に輝く先人」21人の一人に選ばれました。 ここをクリックすると解説を読み上げます。 【.wav形式のデータで約 502kByteあります。】